マガジン JOURNAL

本質美肌研究所に込めたもの

2025.11.22 コラム

こんにちは。ホームページを訪れてくださりありがとうございます。
今日からこの場所で、私自身のことや、
ブランド「BE.naturally 本質美肌研究所」に込めた想いを
少しずつお話ししていこうと思います。
まずは自己紹介を兼ねて、
なぜこのブランドを立ち上げるに至ったのかを綴らせていただきます。

私の暗黒時代が今の仕事につながっている

はじめまして、フサエです。
1980年に大阪で生まれ、奈良で育ち、
今は結婚して、大阪市内で事業を営みながら暮らしています。

 

私がBE.natutrallyの活動をすることになった原点は、
中学・高校時代を過ごしたアメリカでの経験にあります。

 

幼い頃の私は活発で好奇心旺盛、
クラスではリーダー的な存在でした。
そして、どこにでもいる
ごく一般的なサラリーマン家庭の女の子でした。

 

そんな私に急転直下の出来事が起きたのです。
それは小学校6年生のとき。
なんと、父が海外転勤を言い渡され、
小学校卒業と同時にアメリカへ家族で引っ越しをすることに。

 

ごく平凡な中学生になる予定だったのが、
私の人生はここで一変してしまうのです。
そして、この出来事が、今の仕事に大きく起因しています。

 

 

海外生活では言葉の壁、文化の違い、
そして今までの常識が通じない世界が待っていました。

 

もともと、活発で何でも積極的だった私でしたが
性格が一変。
この環境のなかで、
「怖さ」
「慎重さ」
「挫折」
「悔しさ」
いろんなことを経験することになりました。
12歳にはとても過酷な環境でした。

 

「言葉」が通じない。
「自分らしさ」が全く通用しない。
アジア人として差別を受ける。
来たくて来たわけじゃない。
日本へ帰りたい。
どうして私ばっかり、こんなに辛い目に遭わなきゃいけないの?
と毎日泣いてばかりでした。

そんな日々の中で、いつしか自信を失い、
どう自分を表現していいか分からなくなり、
暗黒の日々が続きました。

 

そんな海外生活の中で、唯一楽しみがあったのです。
それが「美容」でした。

 

この暗黒時代の私が何とか今こうして生きているのも、
大げさではなく「美容」によって支えられてきたから。

 

当時の私にとって、
スキンケアやメイクはただの習慣やオシャレではなく、
異国で戸惑い、不安定だった私の心を整え、
「自分を取り戻す大事な手段」でした。

自尊心をなくした私を救ってくれたのは「美容」だった

はじめて現地校へ登校した日。
同級生のアメリカ人の女の子たちは、
ばっちりメイクに巻き髪のいで立ちでした。

 

休み時間には口紅を念入りに塗り直す子もいて、
大人顔負けの完成度。
せいぜい色付きリップを背伸びして塗ったことくらいしかない私には
衝撃的な光景でした。

 

スッピンなのは自分か、クラスのさえない女子くらいで
「私もメイクをしなければ!!」
と慌てて、お小遣いを握りしめて
ドラッグストアに化粧品を買いに行きました。

 

はじめて買ったのは真っ白なファンデーションに、真っ赤なリップ。
あまりの似合わなさと不憫さに、母が見るに見かねて
翌日デパートに連れて行ってくれて
化粧品一式を買ってくれたのを今でも覚えています。

 

メイクを始めると、メイクを落とすということが必要になり
メイク落としで洗顔すると乾燥すると思い始めて、
スキンケアもするようになっていきました。

 

私の美容デビューは12歳。
当時の日本人の女の子にしては、早いデビューだったと思います。

 

英語も話せない。
文化にも馴染めない。
とにかく、毎日学校に行くのが憂うつで仕方なかった私。
ストレスに見舞われて、全身に蕁麻疹が出るのもしばしば…
それでも、スパルタな母に学校へ連れて行かれる。
「体調が悪い」と保健室へ直行していました。

 

教科書を開けば、英語が読めずに涙があふれる。
不遇な自分をとても不憫に思いました。

 

そんな毎日の中、メイクやスキンケアをする時間だけは
辛いことを忘れ、美容にのめりこんで夢中になっていました。

辛いときほど、鏡をのぞき込み、
自分をキレイにしようと努力をしていました。

 

自尊心がズタズタだったこの頃の私が、
なんとか「自分」を保っていられたのは
この時間があったから。

 

どんな自分であっても、
自分を嫌いになることはできなかった。
鏡の中に映る自分を見て、
「自分で自分を応援する」ように
一生懸命自分を磨こうとしていました。

「本当の自分に出会う」ツールとしての美容

 

自分だけは自分を好きでいてあげよう。
そして、自分を大切にしよう。

その手段が、私にとっては「美容」でした。

 

メイクやスキンケアをする時間は、
私にとって 「自分で自分を大切にできている」
と実感できるひととき だったのです。

 

自分をキレイにしたいと思う気持ち。
肌にやさしく触れる感覚。
「今日の私はどう?」と鏡に映る自分に問いかける時間。
気づけば、美容だけに夢中になっている自分がいました。

 

美容と向き合っているときは、
嫌なことを忘れられました。

 

学校へ行く憂鬱な朝も、張り切ってメイクをして
自分を奮起させていました。

 

「本当の自分はこんなに弱くない」
何度も自分に言い聞かせて、
語学習得にも精を出し、
文化の壁も乗り越えて現地になじむ努力をしました。

 

そんなふうに前向きに頑張れるようになったのも
美容を通して「自分」と向き合う時間を持てたからなのだと思うのです。

自分を見つめ、本当の自分に出会う行為。
それが「美容」なんじゃないかと思うのです。

 

その後の私はメソメソするのをやめて、
必死で勉強して語学も習得。
ネイティブと間違えられるほど、英語はペラペラに。
進学校だった現地校においても、成績は常にトップ3を争うほどに。
やることはきっちりやって、結果を出して、周囲にも評価されました。

 

失っていた「自信」も「自尊心」も回復。

そして、
「私は、私らしく生きたい」
そう強く思うようになり、
自分で自分のやりたいことを叶えてあげたいと
考えるようになったのです。

 

「日本へ帰ろう」そう決意したのは17歳のとき。

 

その後、日本の高校の編入試験を受けて見事合格。
家族をおいて、一人で日本へ帰国しました。

美容にまっしぐらの20代

念願の日本帰国を果たした私は、高校・大学生活を満喫!
そんな中でも、興味津々だったのは日本の美容事情でした。

 

とにかく、美容好きは日本へ帰国しても勢いが止まりませんでした。
当時は今のような知識がありませんでしたから、
自分をキレイにしてくれる(と思い込んでいる)
化粧品に夢中でした。

 

社会人になってからは、
給料日には必ずデパートの化粧品売り場に立ち寄るのが定番。

化粧品は私をキレイにしてくれる!

そう信じてやみませんでした。

 

 

「美容は私のライフワーク!」とも公言。
当時はやり出した美容ブログもやり始めて、
周囲からも「美容ライターになれるよ」と言われるくらい、
マニアっぷりを発揮していました。

 

「フサエちゃんが勧めたものは欲しくなる!」
とよく言われていたので、
今のように自分が目利きした商品をECショップ展開するのは
その延長上にあったものだったのかもしれません。

 

これだけ美容が好きなんだから、
仕事は美容の道へ進むかと思いきや、
そこはそうではありませんでした。

 

美容学校へ行くのも親に反対されてしまい、
普通の四大を卒業し、興味があったイベント業界へ就職しました。
それでも美容への道を諦められず、
ヘアメイクに転身することも考えて2年間スクールにも通ったこともありました。

 

とにかく、仕事以外は美容三昧だった私。

 

そんな私が、20代後半で大きな美容の壁にぶつかります。

治らない肌荒れを、
1年以上も抱えることになったのです

「これが効く」と言われた化粧品を片っ端から試してもダメ。
皮膚科に通っても改善せず、
同じ場所に繰り返し吹き出物が出ては治り、
また出て…を延々と繰り返す日々。

 

どんなに美容が好きでも、
自分の肌が整わないことには心まで沈んでしまい、
途方に暮れていました。

「表面的な美容」にとらわれて、体は置き去りに

 

当時の私は、仕事に恋愛にと、毎日を全力で駆け抜けていました。
不規則な勤務、溜まっていく疲れ。
心も体もいつの間にか限界に近づいていたのに、
そのことに気づけずにいました。

 

自炊する余裕もなく、
食事は外食や会社から支給されるお弁当ばかり。
深夜まで働いて、また早朝に出勤。
「そういえば、今日一度も太陽を見ていないな」
──そんな日も珍しくありませんでした。

 

やがて肌荒れは悪化し、体調まで崩れ始めました。
夜は眠れず、不眠症と診断されて睡眠薬でようやく眠る。
そしてとうとう、生理が止まってしまったのです。

 

「これは、さすがにおかしい…」
そう思って病院を受診したとき、ホルモン数値に異常が見つかりました。

 

先生には、
「出産した人と同じくらいの数値になっているよ。
それくらい、あなたの体はストレスを感じているんだよ」
と言われ、その言葉が胸を突き刺したのを今でも覚えています。

 

“美容が大好き”と走り続けてきたものの、
肝心な「体」には全く目を向けられていなかったのです。
若さゆえ、「体」が悲鳴をあげるまで
「表面的な美容」にばかり踊らされて、
本当に大事なことが見えていなかったのです。

 

そのとき、
これまでの生活をすべて見直そう
と心に決めたのです。

 

 

BE.naturallyの基盤となる学びがスタートしたのは、
この頃からになります。

信じて使い続けた化粧品の実体を知り愕然とした30代

とにかく、「体」を作っている「食べ物」を見直そうと思いました。

 

今まで見ようともしなかった食品のパッケージの裏を見て、
添加物が入っていないか?
砂糖が入っていないか?
理解できない成分が使われていないか?
を気にするように。

そんなとき、ふと疑問が浮かびました。

「そういや化粧品ってどうなんだろう?」

 

こういったことを気にし始めると、
必ずぶつかるのが「経皮毒」という言葉。
巷にあふれる化粧品は毒まみれ!
そんな本や情報をたくさん目にすることに。

 

今まで当たり前に使ってきた化粧品。
良かれと思って使ってきた化粧品。
自分をキレイにしてくれると信じてやまなかった化粧品。

 

それが、「毒」だったの??
調べれば調べるほど、私はショックで頭が真っ白に…。

 

「こんな成分でできている化粧品で、
本当に肌がきれいになるわけがない」

 

「そりゃ肌荒れも治らないはずだわ」
と納得しました。
何なら、化粧品を使いすぎて悪化させているという事実にも
気づくことに。

 

「お金」も「時間」も「想い」もかけて実践してきた美容。
その美容が、根底から間違っていたなんて。
20代の私は思いもしなかった事実を突きつけられた30代前半。

 

「マーケットに裏切られた」という気持ちもありましたが、
そもそも「知ろうとしない消費者も悪い」と思ったのです。

 

それを選び使うと決めたのは自分。

 

あらゆる広告に誘導されたのも事実ですが、
自分が使うものの判断を他者に委ねて
学ぼうとしなかった自分の責任でもあるのです。

 

私の人生において、「美容」は特別なもの。
その「美容」によって女性の体や心が傷ついたり、
裏切られたという気持ちになったり、
落胆するようなことがあってはいけない!!

私のようにがっかりする女性は増やしてはいけない。
そのとき、そう強く思ったのです。

 

「私がホンモノの美容をかたちにする」
――私の中で「BE.naturally」が産声を上げた瞬間でした。

 

「裏切られる美容」から「信じられる美容」を求めて

いろいろと熱く語り、長くなりましたが、
私がブランドを立ち上げることになった
人生のヒストリーをお伝えしました。

 

無力だった12歳の私が異国の地で「美容」に救われたように
多くの女性にとって「美容」は
自分のなかにある力を思い出す
パワフルなツールだと私は考えています。

 

そして、
いくつになっても
いつの時代も
「キレイになりたい」という気持ちは、

女性をわくわくさせ、
人生を前向きにしてくれる力があります。

 

 

私が伝えたいのは、「ただの美容」ではなく
「美容を通して自分の力に目覚めていく」ということ。

 

体のことを勉強していけば、
自分は「奇跡の連続」でこうして今生かされている
ということに気づきます。
そして、人体というスーパーコンピューター並みの仕組みに感銘し、
このシステムを上回るものなど
「外」には存在しないということに気づきます。

私が「本質美肌研究所」に込めたもの

私の人生経験を通して感じてきたことのすべてが
本質美肌研究所 BE.naturallyに込められています。

 

「答えはいつも内側にある」
これは、スキンケアにも、人生哲学にも言えること。

 

肌には、もともと美しくなる力が備わっています。
ただ、間違ったお手入れや加齢による変化、
ストレスなどでその力が弱まってしまうことがあります。
そんなときに、「信じられる美容」としての化粧品が欲しい。
そう思って、自分のために化粧品を手作りし始めたのが商品誕生のきっかけです。

 

自分のために学んだ知識。
自分のために作った化粧品。

 

それが時間を経て、
たくさんの方が共感してくださり、
必要としてくださり、
求めてくださるようになりました。

 

化粧品ブランドを作りたかった!というより、
結果的にブランドが誕生した
と言うほうが正しいかもしれません。

 

 

目立った才能もない、平凡な女の子でしかなかった私が
こうして自分のブランドを立ち上げてHPを開設できたのも
「美容」が自分を力を引き出すきっかけをくれたから。

 

そして、家族や友人はじめ、
たくさんのお客様に支え応援されてきたからこそです。

 

ホームページ開設の今、
皆さまへ感謝の気持ちを改めて綴って、最初の記事を終えようと思います。

 

今後も「美容」を通して、
皆さんが「自分らしく生きる」
お手伝いをしていければ幸いです。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。